しまぶくろ歯科医院 番外編コラム 本文へジャンプ

スイス滞在騒動記(その6)


<言葉A>

 スイスの公用語は四つと前回書きました。多くのスイス人は複数の言葉を駆使できるようです。しかし英語は必ずしもメジャーの言語ではありません。
1.英語が達者なeducated(?)スイス人
2.英語がカタコト(それでも我々よりは達者)のスイス人
3.英語がほとんど理解できないスイス人
にざっくり分けると、、、大学のDrは殆どが1.です。ラボテクニシャンは2.ないし1。クリニックの衛生士、看護師、医局の事務の人は2.ないし3.でした。ボスの部屋に出向いて、不在だったのでたまたまいた看護師さんに居場所を聞くと、「He ist nicht here (hierかな) this week」、ラボテクニシャンにオートクレーブを頼むと、オートクレーブ後の瓶を渡されて「There is・・・Wasser」など言われることがあります(下線は明らかにドイツ語、WasserはWaterの意味)。英語ネイティブ(あるいはネイティブ相当)だと「あーオレこの人の言ってる英語が聞き取られへん」という認識になりますが、、ラボテクニシャンにドイツ語と英語のちゃんぽんでしゃべられると、頭の中がぐじゃぐじゃになって難解なパズル???にでくわしたような気分になります。それは文法的に明らかにおかしい英語や英単語のドイツ語的発音のせいもあるし、先の例にあるように英語の中にドイツ語が時として混ざるせいでもありました。ネイティブスピーカーとの会話経験のない私には、いずれにせよなかなか苦労の多い日々でした。街の人は2.ないし3.が標準ですが地方にいくと3.に偏っているように思われました。というか知っていても英語を喋ろうとしない人も少なくないようです。これはフランス人のそれとは違って恥ずかしがってしゃべらない、という理由のようです。スーパーや郵便局で英語で聞くと、ドイツ語で返答されるか、英語で返答されるものの会話を続けるうちに向こうが詰まって両手をあげて、あるいは最初から「待っとけ」のポーズをされて英語のしゃべれる人を連れて来てくれます。職場に英語の出来る人がいて、それ以外の人は、全く出来ないか自信がないのでしゃべろうとしないのでしょうか。電車の広告に英語をしゃべれたら、英語を習うなら、云々の広告を見かけましたから、庶民はしゃべれる方がマイナーなのでしょうか。なお同じアパートの隣の住人は3.です。留学前にドイツ語会話を習ったうちの奥さんは引っ越してすぐの時に、隣の住人相手に習ったドイツ語で果敢に挑戦しましたが、相手の言っていることもよく分からず、だめ押しに「あなたのドイツ語はわからない」といわれてちょっとショックを受けていました。町のカメラ屋に現像を取りに行ったとき、ミーハーな兄ちゃんが出てきて僕の英語を聞くと、というか僕の顔を見た時点でちょっと後ずさりをして、顔にこわばりが走るのを見ました。たぶん普通の日本人も外人が来たときこんな顔してるんだろうなあ、と思ったことがあります。(ちなみにアメリカ人が「ヨーロッパ人はシャイだ」と言っていたのを思い出し、こういうことかなと合点した次第です)。保育所に子供を預けるのに面接にいった時、当然こちらは英語を使おうとするのですが、保母さんはちょっと困った顔をしてはりました。そして実際単語の羅列に近い片言でした。(でもぼくらよりは発音がいいよ)僕らの英語とントンでしょうか。しばらくして奥さんが片言でも少しドイツ語が出来ると分かると嬉しそうにドイツ語をしゃべり同居人のドイツ語も丁寧に聞いてくれていました。
  外国語=英語と考える日本人の発想であって、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語を公用語とする国では英語がマイナーなのは当然なのかも知れません。英語で授業をする学校は公用語を使っていないとして正規の(?)学校に組いられないとか聞きました。スーパーの商品のほとんどはドイツ語、フランス語そしてイタリア語が同時に並んで書かれています(悲しいことにどれも分からない、ロゼッタストーンやないんやからね)。そして当然のように英語の表記などほとんどありません。時々いずれかの言葉の数個の単語が(文章じゃないですよ)類推できるときがある程度。一応小さな辞書を持っていますがスーパーでは役に立たないことが多い。たとえばジャガイモ。たくさん種類があるんですよ。ジャガイモPotatoにあたる言葉もドイツとスイスでは違うんですが、そのたくさんあるジャガイモの種類の名称。こんなん辞書になんかのってないんですよね。結局適当に買いますけど。言語圏からいうとここベルンから西に向かって電車で20分ほど行くともうそこはフランス語の世界です。駅に置いてあるパンフレット、ベルン駅と同じ表紙のままフランス語で書かれています。ベルンでせっかくなれたバスの券売機、「なんじゃこりゃ」。そうフランス語。
先だって僕の留守中うちに電話があり、べらべらとドイツ語らしき言葉でしゃべられて奥さんがよくわからんと答えると、「英語なら分かるか」「少し」相手はちょっといらいらして「じゃフランス語は」「・・・・・・・」。やはり一般庶民はフランス語やイタリア語の方が接する機会も多くそちらを自然と身につけやすい、あるいは身につけた方が有利ということなのでしょう。先ほど登場してきた英語をしゃべれない人々もきっとフランス語やイタリア語なら堪能なのでしょう。ドイツ語を習っているあるスイス婦人はドイツ語、スイスドイツ語、フランス語、ラテン語とギリシャ語を少し、もう一人のスイス人はドイツ語、スイスドイツ語、英語、スペイン語ができると。知的レベルの高いヒトは英語が必須になることが多いのでしょうが、こちらでは英語は数ある言語のうちのひとつに過ぎないようですというと言い過ぎでしょうか。
  コンピューターのキーボードの文字も違うんですよ。通常日本で使うのと比べると「Y」と「Z」の位置が違ったり、ウムラウト付きの文字のキーがあったり。このドイツ語のキーボードにもドイツ仕様のキーボードとスイス仕様のキーボードがあるんですよ。僕の机の上のコンピューターのキーボードはスイス仕様のドイツ語キーボードだそうですが、ドイツの国では一体どんなキーボードが使われているのか、マイナーに違うそうですけど。ちなみにフランス語のキーボードもフランス仕様、スイス仕様があるそうです。
  英語の達者な、でもドイツ語は全然ダメの中国人Drが教授に言われて、ドイツ語を習いにある会話学校のインテンシブコースに通っていました。その筋では名の通った学校で、値は張るが中身はよいと評判のところだそうです。その学校に通い始めたDrに様子を聞くと、授業はドイツ語、いや正確に言うとスイスのドイツ語で授業がなされ、そしてその講師の先生は英語がほとんどできない、とのこと。一体どんな人がその授業を聞きに来るのでしょうか?私は目が点になってしまいました。そのDrは何度もぼやいてました。「スイスドイツ語の分かる人間が標準ドイツ語を習いに来ている。そんな人間と私は授業を受けている」。
僕と同居人は平均週に一度程度のペースで、ドイツ語を習っています。教えてもらっているのは東京の大学で英語を教えていたというドイツ人女性で息子さんは日本人女性と結婚しています。この親日家のスイス人女性を我々はここベルン大学へ来ていた某日本人Drから紹介してもらいました。こちらへ来る前、このDrから「英語でも通用しますがドイツ語が出来ないとつらいですよ」と言われましたが、ラボでしばらくいてこの言葉の意味がなんとなく分かってきました。お茶をしてもスイス人が二人以上いると結局スイスのドイツ語しかしゃべらない訳です。それならいっそスイスのドイツ語を習えばとも思いましたが、先のドイツ女性は「標準ドイツ語ができないのに、それは無理でしょう」といわれました。そうですね。スイスドイツ語は基本的に話し言葉であって正書法やちゃんとした教科書があるわけではありませんし。日本語を知らないヒトがいきなり大阪弁や東北弁を習いたいと言っても、やっぱり、まず標準語からみたいなもんですかね。
  悲観的にいうと言葉は身に付くような気がしませんでしたね。特に家族がいますからね。でも案外、一年後には英語、ドイツ語、スイス語、フランス語、イタリア語・・・マルチリンガルの可能性も、なんてことはないなあ。(事実そんなことにはなりませんでした、ははは)
(平成20年10月28日更新)


 
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